直近の10シーズンで5度のリーグ優勝、3度の日本一を果たし、今季は2年ぶりの日本一を目指すソフトバンクホークスは、生え抜きの選手が活躍する球団としても知られています。いち早く3軍制度を導入し、成果を挙げているホークスの戦略的育成術に迫ります。, 柳田悠岐、千賀晃大、武田翔太、甲斐拓也。 ここに挙げたのはホークスが敷く3軍制度によって成長を遂げ、リーグ優勝に貢献した選手の名前だ。球団が育成してきた生え抜きの選手が、チームの先頭に立ち活躍を続けている。 9月16日でのリーグ優勝決定はパ・リーグ最速。歓喜の瞬間を目前に、ベンチには出場登録されていない選手も顔を揃え賑わっていた。その中には4番を担ってきた内川聖一や選手会長の長谷川勇也の姿もある。2位の西武に14.5ゲーム差をつけてのV奪還となったが、今季は故障者が続出した。それでも勝てるのがホークスの強みだ。 若手が育つ環境が最大の強みであり、他球団にはない魅力でもある。その象徴の一つが、主力選手も経験してきた「3軍」制度。この制度を敷いているのは巨人、広島と他にもあるが、いち早くこの制度を導入し、成果を出してきた。 2011年にスタートした3軍は、独立リーグや大学、社会人、ときには他球団の2軍を相手に、今季は年間60試合をこなした。8月には韓国遠征に行き、韓国プロ野球と対戦するのがここ数年は恒例となっている。出場するのは主に育成選手たちだ。シーズン終了時点で在籍していた育成選手は、巨人と並んで12球団最多の23名。2軍戦に出場できない選手の実戦確保、プロ野球選手として通用する身体づくりを主な目的としている。 これだけの育成選手を抱えることや3軍制度は資金力がある球団だからこそ継続できるとも言えるが、成果が出なければ続ける意味はない。 まだ支配下選手には満たないが、期待できる魅力的な何かが備わっているのが育成選手だ。将来、1軍で活躍するための準備として、それぞれに必要な練習メニューをこなし、ときにはコーチとマンツーマンで、ときにはチームメートと競わせながら、じっくりと育成していく。日本代表に選出された千賀や、今季1軍で活躍した甲斐、石川柊太は育成から支配下登録を勝ち取り這い上がった選手だ。将来を担うチームの顔が確かに育っている。そう考えれば、ホークスの「育成」は現時点で実を結んでいると言えるだろう。 今季3軍の指揮を執っていた佐々木誠監督は「人数が少ないから試合に出られている選手もいる。そうではなく、競争に勝てるようになってほしい。指導するには面白い素材が多いですよ」と話す。そう、ここには磨けば輝くであろう原石がたくさん存在しているのだ。, 故障者が出ても、そこに代わって入ってくる選手層の厚さは育成環境が大きく影響している。2016年からファームの本拠地を『HAWKS ベースボールパーク筑後』に移行した。2軍戦が行われるメインの「タマホームスタジアム筑後(タマスタ筑後)」と、主に3軍が使用する天然芝の「ホークススタジアム筑後第二」の2つの球場を有し、室内練習場、選手寮、クラブハウスを備えている。選手たちはこの整った環境で、1軍への切符を勝ち取ろうと汗を流す。 この施設を訪れた関係者やOBは「ファームとは思えない。13球団目のような施設だ」と口にする。タマスタ筑後は両翼100メートル、中堅122メートルでLEDナイター照明も完備。ヤフオクドームとは異なる芝ながら、耐久性や衝撃吸収性に優れた人工芝を使用している。施設完成当初、コーチ陣から「これだけの施設があったら練習するしかないやろ。特に寮生は練習し放題だな」と投げかけられ、選手が苦笑いを浮かべていたのを思い出す。また、クラブハウス内にあるトレーニングルームは機材の数も種類も充実しており、リハビリ用の流水プールまで備わっている。これだけ素晴らしい環境なら、居心地がよくなってしまわないか心配になるほどだ。 「私たちの仕事は1軍に選手を送り出すこと。育成がメインですが、勝てば選手のモチベーションは上がる。監督3年目の今年はより1軍を意識して、厳しい目で見ています。結果、内容、取り組む姿勢のすべてが重要です」 水上善雄2軍監督はシーズン中にこう話していた。2軍は昨季までウエスタンリーグ5連覇を果たしていた。史上初の6連覇をかけた今季は3位。1軍とは異なり勝利を最優先にしないこと、故障明けの選手が調整で出場することなどから毎年戦い方は異なるが、その中で厳しいレギュラー争いに食い込める人材を育てなければならない。 今季で言えば、上林誠知と甲斐がいい例だろう。4年目の上林は一度も降格することなく1軍の戦力となった。その中で「毎年試合に出続けて結果を残している選手のすごさを実感した」と、もがき苦しみながら試行錯誤しながらシーズンを送った。昨季13試合出場だった甲斐は、持ち味の強肩を生かしてポジションを勝ち取り先輩捕手陣を抜いて103試合に出場。主に東浜巨や千賀など若手投手陣をリードした。甲斐が2軍にいた頃、誰もいない室内練習場で一人、快音を響かせていたのをよく目にした。側溝から自動的にボールが回収されるため、球拾いの必要がない。一人でも打撃練習が容易に行えるのだ。黙々とバットを振り「すべてが足りていないから今ここにいる。やるしかない」と話していた。, 和田毅、中田賢一、東浜、千賀、武田、バンデンハーク。工藤監督が当初想定してた先発ローテは開幕早々に崩れる。まず、開幕投手を務めた和田が4月11日に登録抹消。左肘骨片除去手術を受け、復帰したのは約4カ月半後の8月末だった。さらに昨季12勝の千賀、14勝の武田も故障や再調整により先発ローテから外れた。 そこで抜擢されたのが3年目のドラ1・松本裕樹や育成出身の4年目・石川ら若手だ。松本は中継ぎで2試合に登板した後、5月27日の日本ハム戦でプロ初先発を果たす。2勝4敗でシーズンを終えたが、10試合に先発し1軍で得たものは大きい。石川は5月31日の中日戦でプロ初先発・初勝利。その後、先発12試合、中継ぎ22試合で投げ8勝4敗でシーズンを終えた。クライマックスシリーズでも中継ぎ要員として仕事をして見せた。 工藤公康監督は「いい経験をしてくれれば」とコンディションにも気遣いながら見守ってきた。離脱した先輩投手ほどの成績は残せなかったが、ポジションが空いたときに名前が上がるだけの調整を積んできた。経験値を上げるという意味も込めて、期待に応えられたのではないだろうか。 野手陣に目を向けると、やはり4番でキャプテンの内川の離脱が挙げられる。首の痛みと左手親指骨折で二度にわたり戦線離脱。その間4番には柳田悠岐が入り、中村晃、柳田、デスパイネのクリーンアップが組まれた。大黒柱を欠いても、打線は切れることなくつながった。各々が仕事を全うし、空いた穴を補ったからだ。 シーズン終盤に復帰した内川は「シーズンにいなかった分までという思いで臨みたい」とクライマックスシリーズ前に意気込みを語っていた。その言葉通り、4戦連続でホームランを放ち存在感を示した。まだ若手には負けられないとばかりに打線を牽引している。 「ベテランと若手がいい関係でバランスよく活躍してくれた。抜けた穴を埋める選手がいてくれたのは大きい」(工藤監督) チーム力を見せつけたリーグ優勝に続き、日本シリーズでも次々に育つ若手の活躍が期待される。「勝利」と「育成」を同時進行してきたこの選手層の厚さで2年ぶりの頂点を目指す。, ソフトバンクホークスは16日、メットライフドームで行われた西武ライオンズ戦に7-3で勝利し、2年ぶり20回目のリーグ優勝に輝いた。直近4年で3度の優勝を飾っているソフトバンクは、なぜこれだけ安定して結果を出せているのか。, 日本の球界を代表する選手である松坂大輔。福岡ソフトバンクホークス退団を決めた右腕の新天地として囁かれているのが、今年、日本一を争った横浜DeNAベイスターズだ。実際に松坂は現役を続行できる状態なのか。そして、DeNA入りが実現する可能性はあるのだろうか。(文=VICTORY編集部), 著者プロフィール All Rights Reserved. 直近の10シーズンで5度のリーグ優勝、3度の日本一を果たし、今季は2年ぶりの日本一を目指すソフトバンクホークスは、生え抜きの選手が活躍する球団としても知られています。 © Copyright VICTORY SPORTS NEWS. Amazonで喜瀬 雅則のホークス3軍はなぜ成功したのか?~才能を見抜き、開花させる育成力~ (光文社新書)。アマゾンならポイント還元本が多数。一度購入いただいた電子書籍は、KindleおよびFire端末、スマートフォンやタブレットなど、様々な端末でもお楽しみいただけます。 福岡ソフトバンクホークス(ふくおかソフトバンクホークス、Fukuoka SoftBank Hawks)のファームは、日本のプロ野球球団・福岡ソフトバンクホークスの下部組織として設置されているファームチームである。 ウエスタン・リーグの球団のひとつ。 序 章 「俺を使え」偉大なる「サーバント・リーダー」/「3軍育ち」/「育成選手」とは/王がいたから実現、発展した/「選手は、安住させちゃダメ」/「俺をうまく使えばいいんだよ」, 第1章 3軍を創る 「3軍制」の原点/球界再編とダイエーの行き詰まり/「編成育成部」/「試合に出ないと、うまくならない」/育成選手が増えると、育成の場が貧弱になる?/「少数精鋭」か「3ユニット」か/「育成の日本ハム」/1年間の1人あたり育成コストは約1000万円/試合を通して選手を評価/「聖域なき構造改革」/「やれない球団に不平等になる」/もう一人のキーマン/「ユニホーム組」と「背広組」をつなぐ〝蝶番〟/3軍制という「新メソッド」の〝肝〟/「サバイバルの思想」, 第2章 逸材を探せ 「埋もれていた金」を見つけ出す/一人三役/根本陸夫との出会い/「スカウトの信条」/「他の球団のスカウトと、迎合するな」/「未来図」を描く/一芸に秀でた選手/人事交流/「ええピッチャーがおるんです」, 第3章 名古屋の運動具店 無名中の無名の存在、千賀滉大/「ベースボールショップ西正」/電話魔/「億を稼ぐ選手になる」/90番目の指名/予想を遥かに超えるスピードで成長/「日本代表になる」/正二の死/〝映像での決断〟, 第4章 四国を沸かせた強肩落としどころとしての「交流戦」/「甲斐キャノン」の原点/「体が小さいんですよ。でも、肩はいいですよ」/雁の巣での2次テスト/94人目の指名/「どっちがドラフト1位なん?」/山下の「穴埋め」/「四国のどよめき」/ノムさんの背番号を受け継ぐ/日々の積み重ね, 第5章 たたき上げのプライド3軍1期生・牧原大成/「おい、そんなんじゃ、通用せんぞ」/「なんで、お前がプロやねん」/バスの通路で寝る/千賀に次ぐ2番目の支配下昇格/「闘争心」, 第6章 育成契約はリスクではない3軍「第2世代」石川柊太/「何をリスクと取るか」/世代間のギャップ/セカンドキャリアのサポート/「3軍」には、夢がある, 第7章 野球の街 「HAWKSベースボールパーク筑後」/筑後の〝礎〟を築いた男/雁の巣、西戸崎の老朽化と手狭さ/「地域に根差した先輩」/「ファイターズ鎌ケ谷スタジアム」/〝逆入札制〟/何もないのが特徴?/本命は福岡市?/20年間の無償貸与/鷹のルーキーたちが「筑後市民」に/筑後市への波及効果, 第8章 甲子園を超える「日本一の球場」/「土」へのこだわり/阪神園芸/福岡PayPayドームと甲子園が並ぶ/「東浜投手の踏んだプレート」/市民参加のイベント, 第9章 名門校からホークス3軍へ「第3世代」大竹耕太郎/「ホークスの育成だったら、行かせてください」/エリートコースのど真ん中/「名門になればなるほど非協力的」/「平成生まれ」の若者の職業観/「育成不可」に〇/「自分で大学を説得しなさい」/「隠し玉になるかもしれない」/〝翻意前の調査書〟/「千賀さんも育成4位。僕も4位」, 第10章 イチローよりも速い男「令和の韋駄天」周東佑京/レフト前ヒットで一塁から三塁へ/「第1世代」と「第3世代」の環境の差/「生かすも殺すも、自分次第」/「足」だけで日本代表に駆け上がる/いよいよ「第4世代」へ, 終 章 宮崎の白梅生目の杜運動公園/根本陸夫の〝宮崎通い〟/ホークスのキャンプ地誘致/経済効果/ブルーオーシャン/根本陸夫から王貞治へ/根本の理想/「根本陸夫さん、感謝しています」, 事を興す。新たなミッションに挑む。その思いは共有している。なのに、プロジェクトがスタートした途端、当初の意気込みとは裏腹に、あちらこちらの部門で機能不全に陥り、次第にその動きが止まっていく。ビジネスの世界で、日常茶飯事の〝あるある〟だろう。総論賛成、各論反対。Not In My Back Yard 略してNIMBY(ニンビー)という。訳せば「私の裏庭では困ります」具体論のところで、自分の部署に絡んできたり、責任が及んできたりするとなると、できる限り、厄介なことは避けたいという心理が働き出す。しかも、初めてのことともなれば、その先の予測も、なかなか立ちづらいものがある。人が足りない。カネはどうする? あれはどうなってる? これはどうするんだ?重箱の隅をつつくというのか。これらの〝消極的賛成〟の状況の中で、メンバーたちが互いにけん制し合うかのようになってくる。時期尚早。さらに検討、調査を続けるように。その提言を、計画のストップとイコールと受け取るのも、ビジネス界の常でもある。そうした組織の停滞、硬直した状態を打破する「頼みの綱」は、どこにいるのか――。米国の通信会社、AT&Tマネジメント研究センターでセンター長を務めたロバート・K・グリーンリーフ氏が提唱した、世界的に有名な理論がある。「サーバント・リーダーシップ」そのコンセプトの肝は、実行部隊の中堅・若手のリーダーたちに対し、リーダーたる人間は、尽くす(サーバントする)ことにあるという。組織の末端まで、携わる人間の全員が100%、納得できるようなプロジェクトなど、あろうはずもない。どこかに、ちょっとしたひずみや軋みが出てくる。そうした異論を、どうやってクリアしていくのか。つべこべ言わずに、やりゃいいんだ。そのように、上司から部下へ「やれ」と命令を下ろすだけでは、絶対に人は動かない。トップダウンの、ワンマン型のマネジメントは、いまや「パワー・ハラスメント」の引き金にもなりかねない。21世紀のビジネス界で、そのスタイルは容認されることはない。その「支配型リーダー」の対極にいるのが「サーバント・リーダー」だ。イニシアティブを取る若手、中堅のリーダー格を「支援」する。つまり「やってみなさい」と、物心両面でバックアップをしながら、全体の足並みを巧みにそろえ、最終的に大きなゴールへと導いていくスタイルだ。大同小異。その〝小さな異論〟を乗り越え、部署間の対立を緩和していく。この人に任せておけば、悪いようにはならない。この人がそう言うのだから、きっと間違いない。その「信頼」を寄せられるだけの存在が、いるのか、いないのか。福岡ソフトバンクには、王貞治という、偉大なる「サーバント・リーダー」がいた。, 3年連続日本一を達成したソフトバンクの厚い戦力層に、他球団は完全に圧倒された。主砲の柳田悠岐をはじめ、故障者が続出したレギュラーシーズンこそ2位に終わったが、ポストシーズンでの戦いぶりには、目を見張るものがあった。クライマックスシリーズでは、2戦先勝のファーストステージでリーグ3位の東北楽天を相手に、初戦黒星を喫しながら2連勝で突破。さらに、リーグ連覇を果たした埼玉西武とのファイナルステージは、無傷の4連勝で突破した。日本シリーズでも、セ・リーグの覇者・巨人に無傷の4連勝。ポストシーズン10連勝という快進撃で、3年連続での日本一を達成した。先発投手を、責任回数といわれる「5回」よりも前で降板させ、「第2先発」と称するロングリリーフの投手を惜しげもなくつぎ込み、相手打線の反撃を封じ込める。レギュラーシーズンの143試合、すべてに出場した松田宣浩が不調に陥っていると判断すると、監督の工藤公康は、負ければシーズンが終わるというCSファーストステージ第2戦で、松田をスタメンから外した。その前年の2018年(平成30年)には通算2000安打を達成した内川聖一にも、CSファイナルステージ第1戦、1点差を追う8回2死一、三塁の場面で代打が送られ、日本シリーズでは2度、送りバントを命じてもいる。誰もが認めるレギュラーであり、実績のあるベテランであろうとも、その立場は決して安泰ではない。松田でも、内川でも、その「代わり」はいるというわけだ。「負ければ終わり」の短期決戦では、相手に勢いをつけさせず、勝負の流れを渡さないように、先を見越し、次々と、あらゆる手を打っていかないといけない。そこでは、戦力の出し惜しみ、決断の鈍さが勝利を分けてしまう。短期決戦ゆえに、次から次へと、新たな戦力を繰り出していく。つまり、ポストシーズンの戦いでは、顕著にその「戦力差」が表れてしまうのだ。球界の盟主と呼ばれ、かつて、昭和の高度経済成長期には、日本シリーズ9連覇を果たした巨人、1980年代から90年代、世紀末の20年間にリーグ優勝13回、日本一8回の西武という、伝統と強さを誇る両球団ですら、全く歯が立たなかったのだ。, 21世紀の新たなる覇者・ソフトバンク。その「強さの原動力」として注目されたのは「3軍育ち」育成選手としてプロ入りした、たたき上げのプレーヤーたちだった。 千賀滉大は、日本シリーズの開幕を担い、その初球に159キロの剛速球を投げた。甲斐拓也は、徹底したインコース攻めのリードで、巨人打線のリズムを狂わせた。周東佑京が「代走」で登場すると、盗塁への期待でスタンド中が沸いた。牧原大成は、シリーズ初戦で2安打2得点。1番打者としての重要な役割を果たした。石川柊太は、シリーズ3戦目に「第2先発」として5回からの2イニングを無失点。 彼らに共通しているのは「育成出身」であることだった。育成ドラフトで指名され、育成選手としてプロ入りを果たした。3桁の背番号を背負い、3軍で鍛えられた。その努力の末に支配下選手の座をつかみ、日本一を支える主力選手としての地位を築いた。底辺から這い上がってきた男たちが、球界の盟主・巨人を打ちのめす。そのカタルシスとサクセスストーリーは、日本人の琴線に響くのだ。球団会長の王貞治は、育成出身選手の活躍ぶりを「大きな夢」と評した。 育成から出てきた選手には、みんなが拍手喝采ですよ。ファンの皆さんも、ましてや(選手の出身地の)地元の人たちには、彼らが頑張って、ここへ来たことが分かっているからね。周東でも、足が速いというのは、みんなが知っている。打つ方はまだアレ(弱いの意)だけど、ある部分でずばぬけているわけです。甲斐だって、一芸に秀でていた。強肩、スローイングがあったんですよ。千賀も、お化けフォークでしょ。セールスポイントを持っている人が(1軍に)上がってくるんです。全体、平均で80点の人より、片方は60点でも、一方が90点の方がいいんですよ。それを、獲ろうと提案するスカウトがいるわけです。一つで95点という選手を獲るというのがスカウトの力であり、決断力なんです。ドラフト1位の選手は、スカウトの力は関係ないよ。あれは、くじ運ですから(笑)。ドラフトされるような選手は、みんなの目に触れている。ウチのスカウトは、選手を見る目の幅が広いんです。知られていないけど、これだけの伸びしろがある選手を見つけられるか。スカウトの腕の見せ所ですよ。育成で入ってくる人たちが「俺、育成だから」と、そういう思いを持たなくてよくなったんですよ。「支配下に入れなかった」ではなく、上に上がれることを示せた選手がいる。それは、大きなことですよ。千賀なんて、その功労者ですよ。, 2020年(令和2年)2月1日付で球団から発表された「2020年ホークスメンバー表」によると、ソフトバンクには投手9、捕手3、内野手6、外野手6の計24人の「育成選手」が所属している。ただその立場は、プロ野球球団の一員でありながら、実に曖昧な位置づけでもある。「日本プロフェッショナル野球協約」には「日本プロ野球育成選手に関する規約」が定められているが、その第1条では「70名の年度連盟選手権試合に出場できる支配下選手の枠外の選手として、同選手権試合出場の可能な支配下選手登録をめざして、球団に所属して指導を受け野球技術等の一層の鍛錬向上を受ける選手」(一部抜粋)と記されている。つまり、その規約で記されているように、事実上の〝半人前扱い〟ともいえるものだ。そのルールを、列挙してみよう。, 支配下選手と育成選手では、条件も、待遇も、何もかも違うのだ。 2005年(平成17年)に、プロ野球界が、改革の一手を打った。育成選手選択会議を、初めて開催したのだ。スポーツの多様化、少子高齢化という社会状況も相まって、野球のプレーヤー人口の減少と、ファンの野球離れが危惧され始めていた頃だった。その要因の一つとして挙げられたのが、プロ野球界に多くの逸材を供給する「人材プール」の役割を果たしていた社会人野球の衰退傾向だった。日本経済の衰退。それに伴って「企業スポーツ」を抱える体力がなくなってきたのだ。企業チームとして日本野球機構に登録されていたチーム数は、高度経済成長期には200以上を数えながら、いまや100を切ってしまい、ピーク時の3分の1程度だ。プロに行けなくても、社会人のトップチームに行ければ、引退後も大企業で働くことができる。さらに、五輪にはアマ選手だけが出場していた時代には、その「安定」も相まっての魅力となり、プロ入りを拒否して、社会人に進む選手すらいたほどだった。この「アマ球界のトップ」が、先細りし始めている。トップの容積が小さくなれば、必然的に、アマ球界というピラミッドの裾野も縮小傾向に入ってしまう。つまり、野球を続けたくても、続けるための「場」が乏しくなっていく。プロへ至る「道の細さ」は、プロ野球の魅力を失わせ、それがひいては、野球人口の減少にもつながっていく。そうした悪循環を、何とかして食い止めなければならない。球界全体で共有した危機感から「育成選手制度」が設けられたのだ。70人枠の支配下選手に入れない選手にも、チャンスを与える。人件費を抑制すれば、各球団の負担が、それほど大きくない形で、育成枠を創ることができる。それが、野球界の「育成の裾野」を広げることになる。それでも、発足当時は心ない評判やウワサが飛び交った。「そんな中途半端な選手を獲っても、しょうがない」無名の公立高校であろうが、離島であろうが、ちょっとでも評判になったような選手だったら、プロのスカウト陣は漏れなくチェックしている。市井の野球好き、マニアレベルの人たちが、高校野球を見に行って、逸材の動画を録画して、その場でツイッターやインスタグラムで発信できる時代だ。耳寄りな情報は、瞬時に伝わる。スカウトが知らない選手を見つける方が難しいのだ。いまや「隠し玉」は死語に近い。私も、記者としてよくこの言葉を使ったが、スカウト陣から「隠し玉、って書いた時点で、隠していないじゃない?」と笑われたものだ。ドラフトで指名する選手は、精査を重ね、厳選に厳選を重ねた末での球団の決断だ。育成は、その〝本指名以外の選手〟なのだ。獲った選手は、選手1人あたり、食費など育成にかかるコストとして、年1000万はかかるといわれている。ドラフト本指名の選手でも、育成選手でも、入団すれば「一選手」として同じだけのコストがかかる。単純計算で、育成3年間で3000万円。10人なら3億円。育成選手を増やせば、コーチもスタッフも増やす必要が出てくる。いくら年俸を抑えたところで、育成のコストは現状よりも大きくなる。その投資のリターン、つまり、選手はモノになるのか。親会社から経営を任されたフロントが、そのコストを是とするだけの理由は、なかなか見当たらないのが現実だ。ソフトバンクは、そのコストセンターというべき「育成」に投資してきたのだ。, 支配下選手枠の上限は70人。2020年(令和2年)2月1日現在、ソフトバンクの支配下選手は66人。うち、1軍出場選手枠は29人と定められている。単純計算でも、2軍選手は37人いることになる。ここに、育成選手が上乗せされる。ソフトバンクなら、24人を足して61人だ。ちなみに、2019年シーズンで、支配下選手と育成選手を足して、最小の71人だったのが、北海道日本ハムと東京ヤクルトの2球団だ。大雑把にまとめてしまえば、ソフトバンクの1軍以外の選手数は、日本ハムとヤクルトの1球団分というわけだ。1球団で、1軍と2軍。ソフトバンクは、1軍と「他球団分」単純に計算しても、3軍の必要性が見えてくるともいえる。若き選手たちの「持てる素質」を開花させるために、激しく競り合わせる。そうすることで、プロ意識が芽生える。そのための「場」を作らなければいけない。だから「3軍」を創る――。それが、王の描いた、育成の「グランドデザイン」でもあった。その一大テーマを受けて、部下たちが動き出す。新組織を立ち上げる。既存の他部署や本社との折衝も繰り返し、必要な資金を調達し、人事面も整えていく。こうした「実働」の部分は、部下たちが担う。煎じ詰めていえば「カネは出すけど、口は出さない」というやり方だ。古今東西、それがリーダー像の理想と言われている。王は、3軍制を発足させるための、まさしく「後ろ盾」となるべき存在だったのだ。 彼らがやりやすいようにするのが、僕の仕事ですよ。工藤(公康)監督、スカウト。彼らがやりやすいようにするために、僕はいる。バックアップだね。例えば、スカウトが選手のところへ行ったときに、そこ(ソフトバンク)に「王がいるよ」と言える。それがあるのと、ないのとでは、違うだろ? やりやすいようにね。 どんと、構えた存在――。その表現に、3軍制を立ち上げた当時の編成育成部長・小林至も、育成の一大拠点「HAWKSベースボールパーク筑後」の場所の選定から完成まで導いた責任者で、3年連続日本一を担ったゼネラルマネジャー・三笠杉彦も、3軍制発足に際して、千賀滉大や甲斐拓也といった、当初は指名リスト外だった無名の選手を発掘した当時のスカウト部長・小川一夫も、誰もが私の示した〝想定図〟に、うなずいてくれた。王がいたから、3軍制が実現した。王がいたから、3軍制が発展した。しかし、王は決して「俺が考えたんだ」「俺が作ったんだ」とは言わない。それが「サーバント・リーダーシップ」の極意でもある。 今、名前が出た人が動いてくれて、どんどん発展していった。そういうことが必要だったんだよ。ドラフト制には限度がある。ドラフト7位とか8位で獲るより、育成という形で獲る方が、より本格的に、徹底して鍛えられる。本人も這い上がろう、早く支配下にという気持ちが、早く出る。選手もその気になる。球団も思い切って指導しやすい。徹底指導ができるんですよ。這い上がりたい。鍛えたい。両方の利害が、一致するんですね。2軍でも、プロだという意識が出る。でも、支配下じゃないと、プロ意識というのはそこまで自然に出てこない。まず、追いつけ、追い越せ。練習することでしか上がれない。それは、指導する方にはやりやすいんです。2軍にいる選手より前向きというのかな。育成出身から支配下。はっきり言ったら、アメリカンドリーム的だよね。育成からベストナインに選ばれるなんて、千賀とか甲斐とかそうでしょ。牧原もレギュラーでしょ。我々は、そういうことをやって、大変よかったと思う。そういう考えが、球団や野球界全体に、広げられたからね。, 努力の人。それが、王の代名詞だ。投球のタイミングに合わせて、右足を高く上げる「一本足打法」という、前例のないバッティングフォームで、世界記録の868本の本塁打を放った。唯一無二のオリジナリティにあふれた、自らの〝揺るぎない型〟を築き上げるため、王はひたすらにバットを振り続けた。モノクロの写真で、王が「一本足打法」から日本刀を振り下ろし、天井から吊るした紙の短冊を真っ二つにしているシーンがある。王の積み重ねた努力が、半端ではないことを物語っている。自宅には、素振り用の部屋を設置し、その畳がすり減るまで振り続けたという。遠征先の宿舎で、他の選手たちが外出しているのに、王はひたすら素振りを繰り返していた。猛練習で、頂点の座に駆け上がった。そうした「伝説」の持ち主だからこそ、その言葉には重みがある。栄光への道のりは、楽ではないことを知っているからだ。 選手は、安住させちゃダメなんですよ。常に競い合わせる。危機感を感じない選手じゃ、ダメなんです。タイトルを取った選手でも、危機感がある。今年も、これくらいやれるのだろうか。上に行くほど、自然に危機感が生まれる。ファームの中間あたりで、そこそこの生活もできて、世間の人に「どこそこのプロ野球選手だ」という扱いも受ける。でも、何年かしたら、契約解除されちゃうんだ。じっとしてたら、ダメなんだ。危機感を、常に持たせる。素質があるから、プロの世界に入ってきているんだから、それを磨かせないと。監督やコーチは、示唆はしますよ。でも磨くのは、本人なんだよ。本人を、その気にさせる。それが育成の制度で、一番優れた部分ですよ。ウチは、弱いところから這い上がってきたんだ。もっと鍛える場が必要だと。野球界っていうのは、すごく競争が激しい世界だからね。 1995年(平成7年)王が、福岡ダイエーホークスの監督に就任した。ホークスは、とにかく弱かった。王の監督就任直前の1994年(平成6年)まで、17年連続Bクラス。王の就任後も、3年連続Bクラスのままだった。20年連続Bクラス。うち、最下位も8度。それこそ「負け犬根性」が染みついていた。チームを変える。体質を変えなければ、強くなれない。そのために、ダイエーの総帥・中内㓛が招聘したのが、根本陸夫だった。西武の黄金期を築き上げたその手腕は「球界の寝業師」と呼ばれていた。野球界のみならず、日本中に張り巡らしたネットワークで逸材たちを発掘し、そのコネクションで、数々のあっと言わせるトレードも仕掛けてきた。その根本が、監督として王を招き入れた。昭和のプロ野球は、王貞治と長嶋茂雄の「ON」が牽引してきた。その「二大スーパースター」の一人である王を、パ・リーグの、しかも弱小球団に引っ張ってくる。「長男は家を継げるが、次男は継げない。巨人の長男は長嶋、ワンちゃんは次男だ」根本の口説き文句に、王は長い逡巡の末にうなずいた。東の長嶋、西の王。長嶋巨人と王ダイエーの「ON決戦」を実現させる。その話題性ももちろんだが、巨人に勝つ、球界の盟主に対抗するという大目的を根本は掲げ、それを公言し続けた。そのために、チームを強化する。目的があって、そのための手段を一つ一つ、クリアしていく。根本の組織論は、実に明確だった。王が率いたダイエーは、初優勝まで5年かかった。初の「ON決戦」は、王の就任6年目となる2000年(平成12年)のことだった。しかし、巨人に敗れた。まだ、巨人には勝てない。常勝軍団を創る。負けず嫌いの王にとって、巨人は最大の目標であり、古巣を倒すことが夢でもあった。そのためには、もっと、選手をたくましく育てなければならない。王が、現役引退直後に執筆した自叙伝『回想 〝助選手〟の実戦的人生考』(勁文社・1982年)の中に「自覚」という章がある。少々長くなるが、王が強調する「危機感」の源泉ともいうべき、その経験を述べた部分を抜粋してみたい。, 王がいた当時の巨人軍。それは、イコール、無敵のチームだった。1965年(昭和40年)から9年連続日本一。それでも、有望新人を獲り続けた。絶対的なレギュラーがいるのに、それでも獲る。巨人軍は、レギュラー選手に常にライバルをぶつけ、反発心を生み、危機感をあおることで、競争を激化させてきた。それが、選手の心と体をさらにたくましくさせ、プロ意識の向上にもつながっていく。そうした〝ウエットな部分〟を、ことさら敬遠する風潮が、今の時代にあるのは決して否定しない。しかし、高い素質を持ったきら星たちが毎年のように入ってくる弱肉強食のプロの世界で、何が最後に、その「差」をつけるのか。それは、執念だったり、必死さだったりするのではないだろうか。最後の最後に、踏ん張れるのか。負けてたまるかと、その思いを行動に変えられるのか。選手たちが、そう思う「環境」を創る。「やれ」と言うのではない。やらなきゃ、負ける。そう思わせる状況を創り出す。世界の本塁打王、レジェンドと呼ばれる男が、若き日に抱いた〝恐怖感〟こそが、育成を強化する、つまり「3軍制」の構想を抱いた、その原点でもあるのだ。 我々の世界は、競い合わないとダメなんですよ。何が怖いかと言えば、監督じゃコーチじゃないんですよ。ライバルが怖いんです。危機感を常に持たないといけない。下から突き上げられる危機感。今年よかったから、また来年も楽に行けるということは、絶対ない。競わせることなんです。 ソフトバンクに先んじて、3軍制の役割ともいえる「第2の2軍」を展開しようとしていた巨人は、その推進者でもあった球団代表の清武英利が、当時の球団オーナー・渡邉恒雄との対立から、公に異を唱えることになる「清武の乱」が引き金となり、2011年(平成23年)オフに退団。すると、途端に「第2の2軍」のプロジェクトがストップした。2011年にはソフトバンクよりも6人多い23人の育成選手を抱えていた巨人は、その2年後、一気に13人にまで減らしてしまう。まさしく前任者否定。これもビジネス界、そして野球界での「常」でもある。ただ巨人も、2016年(平成28年)から再び、3軍制を採用している。令和という新時代の幕開け。その日本シリーズを戦ったのは、3軍制で若手選手を鍛え上げるソフトバンクと巨人。2000年(平成12年)に王ダイエーと長嶋巨人との間で繰り広げられた「ON決戦」以来、19年ぶりの日本シリーズでの対決だ。王は球団会長、長嶋は終身名誉監督。立場こそ変わったが、2度目の「ON決戦」王は、その2球団での戦いは「育成」という観点から、大きな意味があると捉えている。 支配下の下に、育成を作ってやっている。その2チームが、日本シリーズに出てきているんだ。やっていないチームからしたら「自分たちもそれをやらないといけない」と思うのか、これが「たまたま」だと考えるのか。どう捉えるかなんですよ。制度がある以上、使わないとね。お金もかかりますよ。施設も造らないといけない。でもチームというのは、リーグ優勝、そして日本一になるのが目標ですよ。だったら、使える制度をいかに有効に使うかでしょう。選手の意識は、明らかに変わるからね。 勝つために、いい選手を発掘し、育てる。そのためのシステムと、鍛える場を作る。それが「3軍制」の最大の狙いでもある。王と、その思いを共有したのが、小林至という存在だった。868本の本塁打を放った王と、わずか2年のプロ生活で一度も1軍のマウンドに立てなかった小林。プロでの実績は、天と地ほどの差がある。しかし、改革への思いは同じだった。育成部門を、強化しなければならない――。現役時代の王は、あれだけの本塁打を放ちながらも、毎年のように、新たな競争相手をぶつけられた。小林は、実力不足もあったとはいえ、2軍ですら登板機会をもらえなかったという不完全燃焼の思いを、ずっと抱き続けてきた。2人の「育成部門の拡充」という思いへの「源」は、明らかに違う。しかし、プロ野球選手だったからこその「経験」が、その「礎(いしずえ)」にある。「プロ野球選手だったんだから、君がやりなさい」小林は、王にそう励まされたことを、今も忘れていない。「編成」と「育成」の機能を一緒にした「編成育成部」という新部署の立ち上げに伴い、小林がその責任者になった。, 王が「和」の人なら、小林は「戦」の人ともいえるだろう。誰もが、尊敬の念を持って、王に接する。小林は、他との衝突をいとわない。理論も、行動力も、説得力も高い。その分、敵も多い。しかし、何かを始めるときに、その〝突破役〟は不可欠だ。少々の摩擦を、王は咎めたりしない。あらゆる横やりが入ったときにも、王は小林にこう言って笑ったという。「心配するな。骨は拾ってやるから」 王のダイエー監督就任に際し、根本陸夫の命を受け、その交渉役を務めたのが、ダイエーで球団代表を務め、後に千葉ロッテでは球団社長、オリックスでも球団本部長と、各球団で要職を歴任した瀬戸山隆三だった。瀬戸山は、球団における「王の存在」の重要性を、誰よりも知り尽くしている。「オーソライズした人が、誰か一人でもいれば、周りはごちゃごちゃと、忖度なんかすることがないですからね」根本のもとで、プロ野球ビジネスを学んだときにも、同じ図式で事は動いたという。「ダイエーでも、困ったときには『根本さんの了解を得ています』という。そういうのはあるよね。そうすると、カネを出す側だって『根本が言ってるなら出すわ』ということになるわけですよ。『王さんが』となれば、孫(正義オーナー)さんにしても、そうでしょう。どの組織でも新しいことを始めるとき、何が成功に導くといえば、それは人事ですよ。根本さんにしても、王さんにしても、それなりの守備範囲と見識を持って、前向きに野球界のことを常に考えられている。そういう人がいないと、できないですよね。リスクを回避、そういうことだけをして、いい球団作りはできないでしょうから」王は、己の「役割」と「位置づけ」を熟知していた。だからこそ、王は小林に何度となく、こう告げたという。 「俺をうまく使えばいいんだよ」――。 王は、多忙を極めていた。来たるべき東京五輪へ向け、野球界の、いや、日本のスポーツ界を代表する「レジェンド」として、王の知見や経験は、あらゆる局面で必要とされていた。2020年(令和2年)1月7日。新たなるシーズンの幕開けとなる、ソフトバンクの球団事務所開き。ソフトバンクの本拠地・ヤフオクドーム(当時)内のメーンエントランスに、球団関係者や地元マスコミの関係者が、ずらりと顔をそろえた。鏡割りを行う球団幹部の中心に、王が立っていた。その「仕事始め」の当日も、王のスケジュールは、それこそ分刻みだった。「老骨にむち打って、頑張っていますよ」そう笑いながら、会長室横の応接室で、私のインタビューに答えてくれた。「本になるんだって? いい本になるように頑張って」王の監督番になったのは、日本シリーズで初の「ON決戦」となった2000年(平成12年)のことだった。それでも、王と一対一で向かい合う取材は、番記者生活の中でも、数えるほどしかない。貴重な20分間。その前後にも、他社の取材がびっちりと詰め込まれていた。ましてや「3軍制」という、ピンポイントでのテーマアップだ。この機会を逃せば、王に改めて、育成に関して、腰を据えて聞くチャンスなど、なかなか作れないだろう。緊張感の隠せないインタビュアーに激励の言葉をかけてくれた上で、こちらが必死にメモを取る手の動きを見ながら、言葉を止めたり、間を置いたりしてくれた。王の気遣いに感謝しながら、準備した質問を、必死にぶつけさせてもらった。 今、高校野球、大学野球、ノンプロ(社会人のこと)をやっている人に、夢を与えると思うよ。チャレンジしようと。今、アマ野球、社会人が狭まっている。独立リーグが成り立っているのも、そうなんだろうけど、第一線の若い選手が、夢を持って、いずれはプロ野球に行ってやろうと思っている。育成があるから「道」がある。そこだけで全然違う。育成が、やっと定着してきたよね。選手の意識も変えた。下から、追い抜く人が出てくるわけですよ。今まで、上を見て諦めていた人だっていただろうけど、ここでうろうろしているわけにはいかないと思うようになる。その相乗効果が出てきていますよ。 チームの強化はもちろんだ。しかし、それだけではない。王は常に、球界全体の発展を願っている。だからこそ、ソフトバンクが、そのフロントランナーになる――。王の描いた「3軍制」という「大きな絵」が形になる軌跡を、これから追っていきたい。, よろしければサポートをお願いいたします。もっと読んでいただけるコンテンツを発信できるように、取材費として大切に使わせていただきます!, 新刊、イベント情報ほか、ぜひ手にとっていただきたい既刊本のご紹介や注目の連載をアップしていきます。お気に入りの光文社新書について書かれたnoteをまとめたマガジン「#私の光文社新書」は、アイコンのキャラクター「アランちゃん」ともども投稿をお待ちしています!.

2リーグ分裂の前年、1949年に結成。 プロ球団のファーム(二軍)としては1948年に結成された急映チックフライヤーズ及び金星リトルスターズ(金星スターズ二軍)に次ぐもので、巨人と同年には阪急ブレーブス二軍と南海ホークス二軍も結成されている。 。クラウドに好きなだけ写真も保存可能。, ホークス3軍はなぜ成功したのか?~才能を見抜き、開花させる育成力~ (光文社新書), この本はファイルサイズが大きいため、ダウンロードに時間がかかる場合があります。Kindle端末では、この本を3G接続でダウンロードすることができませんので、Wi-Fiネットワークをご利用ください。, このショッピング機能は、Enterキーを押すと商品を読み込み続けます。このカルーセルから移動するには、見出しのショートカットキーを使用して、次の見出しまたは前の見出しに移動してください。, かなり分厚い本で、さまざまことが書き連ねられているが、肝心の「ホークス3軍はなぜ成功したのか?」は、ほとんど解き明かされていない, ソフトバンクホークスの強さの秘密が、主力が故障しても戦力不足を感じさせない選手層の厚さにあることは間違いないし、さらにその元を辿れば、充実した3軍制にあることも間違いないと思う。したがって私は、本書のタイトル名を見て、「ホークス3軍はなぜ成功したのか?」の秘密が解き明かされているのだろうと思い、楽しみに読ませてもらった。, 実際、プロ野球の他球団の関係者です。球界事情を知っているだけに、どんどん吸い込まれていきます。だからといって、影響されたからといって他球団が簡単にマネはできません(苦笑)ホークスの強さと決意を教えてくれる本。球界の人間が読むべき一冊です。, ソフトバンクホークスのファンとして、育成から這い上がってくる若手の成長が楽しみです。とてもワクワクして読んでいます。, 育成選手の人間ドラマとともに、ホークスの強さを支える三軍制度を詳しく解説してくれており、ホークスファンなら嬉しくて仕方ない内容です。でも、この方向こそ日本のプロ野球が進むべき道と確信します。, たまたま福岡の芸人さんがされてるラジオで本が紹介されており、野球も見られず寂しそうな旦那さんに、これはいいかもと思いKindleで購入しました☆, 商品詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。チェックした商品詳細ページに簡単に戻る事が出来ます。, © 1996-2020, Amazon.com, Inc. or its affiliates. 』の本文を公開いたします。プロ野球ファンの方なら、綺羅星のごとき才能を輩出するホークス3軍とその育成力のすごさをご存知でしょう。本書は、その謎を、多くの選手・関係者の取材を基に解き明かしていくものです。「お金の力でしょ」と陰口を叩



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